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東京地方裁判所 平成10年(ヨ)7864号 決定 1998年12月17日

債権者

小島秀樹

外五四名

右債権者ら代理人弁護士

上條義昭

債務者

商店街振興組合原宿シャンゼリゼ会

右代表者代表理事長

和田達也

右代理人弁護士

安部昌博

服部正敬

仲嶋克彦

主文

一  本件申立てをいずれも却下する。

二  申立費用は債権者らの負担とする。

理由

第一  申立て

一  債務者は、平成一〇年一二月一九日以降、別紙土地目録記載の土地部分に存するケヤキにイルミネーションの設置・点灯をしてはならない。

二  債務者は、平成一〇年一二月一九日以降、別紙土地目録記載の土地部分に存するケヤキに設置したイルミネーション用電線・電球を撤去せよ。

三  債務者が平成一〇年一二月一九日以降に別紙土地目録記載の土地部分に存するケヤキに設置した前項の電線・電球を撤去しないときは、東京地方裁判所執行官は債務者の費用で右電線・電球を撤去することができる。

第二  事案の概要

一  事案の骨子

平成三年以来、毎年一二月中旬以降二五日にかけて、債務者が主催者となって別紙土地目録記載の土地部分に存するケヤキにイルミネーション(以下「本件イルミネーション」という。)を設置・点灯している。債権者らは、右土地の近辺の居住者等であるが、本件イルミネーションを目指して群集が集まることから、これまで種々の生活被害を被ってきたところ、本年度も債務者が本件イルミネーションを設置し、一二月一二日からその点灯を開始し、同月二五日まで継続してこれを行うことを予定しているので、予定どおりこれが行われれば再び生活被害を受け、回復不能な損害を被るおそれがあると主張して、生活権、人格権、環境権及び土地建物所有権を根拠に、妨害排除(予防)請求として、債務者に対し、本件イルミネーションの同月一九日以降の設置・点灯の禁止等を仮に求める。

二  主要な争点

1  債権者らは、被保全権利に関して、本件イルミネーションの設置・点灯により、多くの観光客が表参道周辺に引きつけられることから発生する生活環境の悪化(交通渋滞の激化とそれによる救急車等緊急車両の通行阻害、渋滞車両からの排気ガスによる空気汚染の助長とそれによる近隣住民の健康被害、歩道の混雑の激化とそれによる近隣住民の円滑な自転車走行・歩行・原宿駅の利用の阻害、観光客による飲食物等ごみの散乱・立ち小便、たばこの投げ捨てとそれによる火災発生の危険等)や自然環境の悪化(イルミネーションの電線・電球を巻き付けられるケヤキの損傷)が社会生活上受忍すべき限度(受忍限度)を超えており、債権者らの生活権、人格権、環境権及び土地建物所有権が侵害されると主張している。

2  債権者らの右被保全権利の主張のうち、いわゆる生活権や環境権は、良好な生活環境を享受しうる権利ということになろうが、このような抽象的内容にとどまる限り、権利性が未熟であって、他人の行為の排除(差止め)を求める権原となり得るような法的権利として確立したものと認めることはできない。

また、土地建物所有権については、これに対する重大な権利侵害が行われ、又は侵害される具体的かつ切迫した危険性についての主張がない(観光客による立ち小便、ゴミの投げ入れだけではかかる危険性の主張としては十分とはいえない)から、本件において被保全権利となるものではない。

3 以上によれば、本件差止めの根拠となる被保全権利は、人格権に尽きることになり、本件の主要な争点は、本件イルミネーションの設置・点灯により、債権者らの生命、身体、自由又はこれらに比肩し得るような重大かつ明確な人格的利益が侵害され、その差止めを相当とするような事態が生じるか否かということになる。

第三  争点に対する判断

一 債権者らに生じる被害の内容及び程度について

1 昨年度までの本件イルミネーションの設置・点灯がされている期間中又は本年度の本件イルミネーションの点灯実施期間の最初の二日間(一二月一二日、一三日)に債権者らに発生した被害として一応認められる代表的な具体例は、次のようなものであり、これらは本年度の本件イルミネーション点灯期間の残りの期間においても発生する可能性があることは否定できない(甲八ないし三八、四一ないし五三、五五ないし五七、五九、六〇)。

(一) 人混み中で歩行者の喫煙していたたばこの火で衣服を焦がされた。

(二) 人混みのため、歩行や自転車での走行が困難であったり、気分が悪くなったり、自分や通学中の子供に危険を感じることがあった。

(三) 歩道橋上で見物客が立ち止まるので、通行が著しく困難であった。

(四) 渋滞のため、車での外出の際、普段の何倍もの時間がかかった。

(五) 渋滞のためタクシーでの外出ができなかった。

(六) 自分の車で自宅の駐車場に出入りできなかった。

(七) 人出が増えることから、JR原宿駅の山手外回りの乗降が仮設ホームに切り替わり、歩行距離が伸びたり、ホームの混雑で歩行時間がかかったり線路寄りの場所で待たなければならず、危険であり迷惑を被った。

(八) 自宅の門の外に立ち小便をされたり、ごみを自宅の庭などに投げ捨てられるという被害にあった。

(九) イルミネーション消灯後も周辺で騒いでいる観光客がおり、物騒であった。

(一〇) 混雑のため救急車などの緊急車両が駆けつけなければならない非常事態において混乱がおきることが危惧された。

(一一) イルミネーションの設置・点灯のため痛めつけられているケヤキを見ると精神的に辛い思いをした者がいた。

2 右のような様々の生活被害は、個々的に見れば、確かに生活上の不便といえるものであることは否定しがたいが、いずれも一過性の傾向が強く、反復、継続したものであったとの疎明はない。そして、その態様も生命、身体、自由その他これに比肩し得るような重大な人格的利益の侵害であるといえるか否かについては、これを肯定し得るようなものではなく、中には、単に危惧感の域を出ないもの、偶発的なもの、あるいは多分に主観的なものもあり、人格的利益の侵害には当たらないものもある(なお、ケヤキに対する影響については各年ごとに測定され電球、電線の設置にも適切な配慮がなされている。)。

3  また、疎明資料(乙一ないし一二、一五、一六、一九)によれば、

(一) 本件イルミネーション点灯期間中は、債務者役員及びガーディアンエンジェルズというボランティア組織が一時間ごとに町を巡回し、ごみを拾い集めているため同期間中はそれ以外の期間中よりも放置されたごみの量がかえって少ない日もあること、

(二) 交通渋滞についても、債務者が原宿署に協力を依頼しているところ、同署は、平成七年度の本件イルミネーション点灯期間のうち、一二月二三日、二四日の両日は本件イルミネーション点灯による影響が見られたとしながらも、その後、渋滞防止のため、本件イルミネーションの点灯時間、点灯数、交通整理、警備による工夫の必要性について特に指示もしていないこと、平成七年度に同署において代々木、四谷、赤坂、渋谷、原宿の五警察署が集まり渋滞対策を協議したが、同年の本件イルミネーション点灯期間中の渋滞状況の調査結果としては、特に深刻ではなく本件イルミネーションによる影響も顕著なものではないとの結論が出て翌年度からは同様の協議が開催されていないこと、本年度の本件イルミネーション実施期間の初日(土曜日)と二日目(日曜日)の渋滞状況は、実施の前日(金曜日)と比較すれば悪化しているものの、右期間三日目(月曜日)については実施の前日と比較して有意な差異がなく、むしろ、自動車により実施区間を通過するのに、わずかではあるが時間がかからなかったというデータもあること、過去、本件イルミネーション点灯期間中に緊急車両の出動が必要になったケースにおいても、右車両の通行に具体的に著しい支障が生じたことはないこと、

が一応認められる。

右事実に照らしてみると、右1に認定したような交通渋滞やごみの被害に関しては、客観的に本件イルミネーションと因果関係のある被害が具体的にどこまで生じるかについて、必ずしも的確な疎明がなされているとは言い難い(なお、債権者らは、一二月八日の審尋期日において、本年度の本件イルミネーション実施期間の最初の三日間の状況を撮影したビデオを同月一五日までに疎明資料として提出すると述べていたが、実際は最初の二日間(土曜日、日曜日)の状況を撮影したもののみを提出し、週日の月曜日(三日目)については提出されなかった。)。

二 その他の事情について

1 本件イルミネーションは、平成三年末という、いわゆるバブル経済崩壊期において、表参道・原宿一帯も空き店舗や空き事務所が目立った頃に、一種の街おこしをするため、新しい都市景観の形成という意味合いで債務者が始めたものであり、基本的には経済行為を行う事業者の利潤の追求のためであることが一応認められる(甲三九、四〇、乙六)。したがって、本件イルミネーションの公共性は必ずしも高くないといわなければならない。

もっとも、クリスマス行事が宗教とは別に我が国に定着し、最近ではその一環としてイルミネーションを設置するところが増えており、これを鑑賞して楽しむ者も多いこと、そして、このような光の創造物が一種の都市文化を形成しつつあることは公知といってよく、本件イルミネーションにこのような性質を帯びた一面があることは否定できない。

2  同地域で日常生活を営む居住者によって、本件イルミネーションの運営方法を問題にする「原宿表参道イルミネーションを考える会」が組織されるなど、本件イルミネーションの設置・点灯に対して運営の見直し(期間、時間の短縮、渋滞やゴミ問題への実効性ある対策の実施)を求める意思を表明している付近住民も存在する(甲二ないし八、三九、四〇、五五ないし五七)。

3  他方、本件イルミネーションが設置・点灯される原宿・表参道周辺の地域性についてみると、同地域一帯は、かつては閑静な住宅街であったが、現在では、表参道から通り一本ないし二本奥まった所は殆ど普通住宅地区(用途地域としては第一種中高層住居専用地域、第一種住居地域、近隣商業地域に分かれている)であり住宅も多数残っているものの、表参道沿いは商業地域、高度商業地区であって、その殆どはいわゆる繁華街であり、通りを数本奥まったところにも商店、飲食店が増加し、特に原宿地域は本件イルミネーション点灯時期以外でも、時折街の浄化キャンペーンを実施する必要があるほど、多数の利用客の参集する場所であることが一応認められる(甲三九、四〇、五四の1、2、五八、乙八)。かつては平穏で静謐な住環境を享受することができたのに、近年それを望むことに困難が伴うようになってきた地域に居住する債権者らにおいて、たとえ半月程度でも毎年普段以上の環境の悪化がもたらされることは困るのでなるべく実施期間を短縮してほしいと願うことは理解できないではないものの、地域性の問題としてみる限り、本件地域が本件イルミネーションなどの企画に対する親和性がより高い地域であることは否定できず、このような地域性は受忍限度の判断の重要な要素となるというべきである。

4  また、債務者は、本件イルミネーションの付近において商業行為を行う原宿九商店会各会及び原宿地区商店会連合会のみならず、原宿一丁目町会、同二丁目町会、同三丁目町会、神二町会、青山アパート自治会、穏田町会、穏田表参道町会、原宿九重町会、竹下町会、青山表参道町会並びに神宮前地区町会連合会など、周辺住民により構成される町会の賛同を得る形で本件イルミネーションの設置・点灯を行っており、本年度においても東京都、関係警察署、渋谷区、明治神宮、JR東日本、帝都高速交通営団の各担当者、前記各町会長、商店会長のみならず債権者らの一部の者等との協議の場を持ち、できる限り各方面の意見を参考に本件イルミネーションの設置・点灯を計画してきたこと、このような協議を経て、昨年度は一二月一〇日を点灯期間の初日とし、毎日午後一一時まで点灯していたのを、本年度は点灯期間の初日を一二月一二日へと繰り下げ、かつ、一二月二四日及び二五日を除き、午後一〇時をもって消灯することとし、また、人混み対策の強化を図ることとしたことが一応認められる(甲一、乙一ないし六、一三、一四、一七、一八、審尋の全趣旨)。このように本件イルミネーションの実施について関係者からの協力を得、必ずしも十分なものといえない側面はあるものの協議の場を持ち、実施方法を改善する努力を示している。

三 総合的考察

ここで、右一で認定した債権者らの被害の内容及び程度に右二で認定した諸事情を総合し、右の被害が受忍限度を超えるものであるかどうかについて考察する。

前記認定のとおり、本件においては、疎明上本件イルミネーションの設置・点灯と因果関係の認められる債権者らの被害の内容及び程度については、債権者らが主張するような具体的かつ切迫した程度に至っていると認めることは困難である。このことに、前記認定の本件イルミネーション設置・点灯場所の地域性や本件イルミネーションに関し地域の商店会のみならず自治会組織の意向を聴取しつつ実施の計画を立てていることをも考慮すると、本件イルミネーションの公共性が必ずしも高くないことやその運営の見直しを求める周辺住民もある程度存在すること等の債権者らに有利な事情を勘案しても、なお、右被害が受忍限度を超え、本件イルミネーションの実施を差し止めるに足りる程の人格権の侵害を債権者らにもたらすものと評価することは困難であるといわざるをえない。

第四  結論

以上によれば、本件被保全権利発生の前提となる債権者らの主張は、理由がなく、あるいはその疎明がないことになる。よって、主文のとおり判断する。

(裁判長裁判官相良朋紀 裁判官若林弘樹 裁判官影浦直人)

別紙債権者目録<省略>

別紙土地目録<省略>

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